「バングラデシュ人を雇うことになったけど、社員食堂はどうする?」「お弁当を支給しているが、食べられるのか?」「歓迎会の店選びは?」——食べ物の心配は、受け入れ準備の中でも一番身近で、一番間違えやすいところだと思います。
専務社食も歓迎会も、何を出せばいいのか見当がつかないんだよ…。
押さえるべきは「豚肉」と「お酒」の2つだけ。そして対応の合言葉は、「勝手に判断せず、情報を渡して本人に選んでもらう」です。なぜこの合言葉になるのか——私が忘れられない、実際にあった「ラーメン事件」からお話しします。もう20年以上前の話です。
まず基本。「ハラル」とは何か
イスラム教では、食べてよいものを「ハラル」、いけないものを「ハラーム」と呼びます。日本の職場が覚えるべきNGは、実質2つです。
- 豚肉 — 肉そのものだけでなく、豚から作られたもの全部。ここが落とし穴で、とんこつスープ、豚肉エキス、ラード(豚脂)、ゼラチンなどの「見えない豚」が日本の加工食品にはたくさん入っています
- アルコール — 飲酒のこと。料理酒やみりんまで気にするかは、人によります(後述)
逆に言えば、魚・野菜・卵・乳製品・鶏や牛の肉(厳格な人は処理方法も気にします)は基本OK。「何も食べられないのでは」という心配は不要です。
思い出の「ラーメン事件」
ある日、夫の友人が嬉しそうに言いました。「日本のラーメン、おいしいね!」
私はつい、言ってしまったのです。「それ、豚肉エキスが入っているかもしれないよ?」
彼の顔から笑顔が消えました。そして一言。
「……聞いてしまったら、もう食べられない」
あのおいしそうにラーメンをすすっていた彼は、その日からラーメンを口にしなくなりました。私はしばらく考え込みました。教えないほうが、彼は幸せだったんじゃないか?
実は、イスラム教では一般に「知らずに食べてしまったものは罪にならない」と考えられています。問われるのは「知っていて食べるかどうか」、つまり本人の意図です。だから彼は、知らずに食べていた間は何も問題なく、知った瞬間から「知っていて食べる」ことになるので、食べられなくなったのです。



……教えないほうが、よかったのかな。



知らずに食べたものは罪にならない。知ってからどうするかは、本人の問題なんだ。
この事件の答えは出ませんでした。でも、職場への教訓ははっきりしています。
「教えるべきだったのか」——正直、今でも分かりません。ただ、30年以上この文化と付き合ってきて確信していることがあります。判断するのは、私たちではなく本人だということです。
これを職場に置き換えると、やるべきことが見えてきます。
- 「豚が入っているから彼には出さないでおこう」と勝手に引き算しない(本人は気にしないタイプかもしれません)
- 「知らなければ幸せだから黙っておこう」と勝手に足し算もしない(信仰への敬意を欠きます)
- やることは一つ。「これには豚肉エキスが入っているよ」と情報を渡して、本人に選んでもらう
お弁当を支給するなら原材料が分かるようにする。社食なら「豚使用」の表示を付ける。それだけで、あとは本人がちゃんと選びます。彼らは子どもの頃からこの選択をして生きてきたプロなのです。
厳格さは、人によって本当に違います。
夫のコミュニティを見てきた実感では、こんなに幅があります。
- ハラル認証(イスラム教のルールに沿って作られた証明)のある食材しか口にしない人
- 豚肉そのものは避けるが、エキスや調味料までは気にしない人
- 「アルコールは飲まないが、みりんの入った照り焼きは料理だからOK」という人
「イスラム教徒だからハラル認証弁当を用意しなきゃ」と構える必要はなく、本人がどのレベルかを最初に聞けば済む話です。ラマダンの記事でも書きましたが、合言葉は同じ。「食事のことで、気をつけることはある?」の一言です。
そして意外な盲点。「バングラデシュ人=全員イスラム教徒」ではありません。



えっ、気を利かせた「豚抜き」が的外れになることもあるのか!?
これも知られていないことですが、バングラデシュ人の約9割はイスラム教徒である一方、ヒンドゥー教徒をはじめ、仏教徒・キリスト教徒の人たちもいます。
そしてヒンドゥー教徒の場合、話は逆になります。豚ではなく牛がNG(牛は神聖な動物)です。「バングラデシュ人だから豚抜きにしておいたよ」が、まったくの的外れになることもあり得るわけです。
……もうお分かりですよね。国籍で決めつけず、本人に聞く。結局すべてここに戻ります。
職場の食事対応・早見表
| 場面 | 現実的な対応 |
|---|---|
| 社員食堂 | 「豚肉使用」表示を付ける。魚・野菜メニューが1つあれば実質対応完了 |
| 支給弁当 | 原材料の分かるものにする。豚入りの日は本人が選べるよう代替(おにぎり等)があると親切 |
| 飲み会・歓迎会 | 居酒屋でOK。焼き鳥・刺身・サラダで彼らは十分楽しめます。お酒は勧めず、ソフトドリンクを自然に。会費は同額で構いません |
| コンビニで各自 | 心配無用。彼らは原材料表示を読むプロです |
| 差し入れ・お土産 | 迷ったら「豚・アルコール・ゼラチン不使用」の和菓子(大福・どら焼き等)が鉄板で喜ばれます |



職場の役目は判断じゃなくて情報の開示、か。肩の荷が下りたよ。
まとめ
- NGは「豚(見えない豚含む)」と「酒」の2つだけ。魚・野菜・卵・鶏牛は基本OK
- 厳格さは人それぞれ。そもそもイスラム教徒でない人もいる。国籍や宗教で決めつけない
- 職場の役目は「判断」ではなく「情報の開示」。豚の有無が分かるようにして、選ぶのは本人に
食事の次は宗教行事が気になる方へ——ラマダン(断食月)の仕事への影響はこちらの記事を参考にしてください。
※本記事は一個人の体験に基づく内容です。宗教の実践・解釈には個人差があります。在留資格などの個別のお手続きは、行政書士等の専門家にご相談ください。



